Iイ》!
[#ここで字下げ終わり]
 番附売りの小僧が人を掻《か》い潜《くぐ》って活躍してるのが見える。この「牛の略歴」というのを読んでみると――。
「今日第一回の殺害《せつがい》に使用さるべき名誉ある幸運牛[#「幸運牛」に傍点]は、名をドン・カルヴァリヨと称し、第一等の闘牛用牛産地ヴェラガ公爵所有の牧場出身にして、父は、かつて名闘牛士ドン・リイヴァスを角にかけたる猛牛|銅鉄王《レイ・デ・アソ》七世、母なる牛は――。」
 と言ったぐあいに、「牛量いくら、牛長《ぎゅうちょう》――鼻先から尻尾の端まで――幾らいくら。牛性兇暴にして加徒力《カトリック》教の洗礼を拒否し、年歯二歳にして既に政府運転の急行列車に突撃を試みたることあり。ようやく長ずるに及び、猛悪果敢の牛質、衆牛にぬきんで――」なんかと、まあ、いったふうに、牛の生立ち・日常生活・その行状《カンダクト》等を記述して余すところない。みんな買って、わくわく[#「わくわく」に傍点]しながら読んでいる。
 入口《ポエルタ》は大混難だ。
 何しろ、襯衣《シャツ》一枚きりないものは、その一まいの襯衣《シャツ》を質におき、近在近郷の百姓はもちろん、聖《サン》フランシスコ寺院前の女乞食も、常用のよごれた肩掛《マンテラ》を売り飛ばしてさえ出てくるこの大闘牛日だ。「闘牛行《トウロス・トウロス》」のしんがりがまだ続々|雪崩《なだ》れ込んで来ている。
 開演まぎわに馬車《コウチエ》で駈けこんで、満員の全スタンドに思うさま着物を見せようというのが、マドリッド社交界の流行《ファッション》だ。それが期せずしてここに落ち合って、この不時の馬車行列――二頭立ての馬車《コウチエ》が、砂けむりを上げて後からあとからと躍り込んで来る。四人乗りだが、きょうだけは六人満載して、幌《ほろ》のうえに女がふたりずつ腰かけてる。一行正式の西班牙《スペイン》装束だ。女達は、あのマントン・デ・マニラという、大柄な縫いをして房の下った、いわゆる Spanish Shawl を引っかけ、高々と結い上げた頭髪の後部に大櫛《ペイネッタ》を差し、或る者はそのうえから黒また白の薄い|べえる《マンテリア》をかけ、カアネエションの花――西班牙《スペイン》の国花――を胸に飾って。
 席へつくと同時に、みんな言い合わしたようにこのマントン・デ・マニラをひらり[#「ひらり」に傍点]と肩から滑
前へ 次へ
全34ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング