痰ムと》が呆《あき》れ半分に感心し、男《セニョル》の誠実|相解《あいわか》った! と古風に手を打ったりして、あとはすらすら[#「すらすら」に傍点]と事が運び、間もなく神の意思に花が咲くといった経路だ。どうも廻りくどいが未《いま》だにやってる。私もいつか、セルヴァンテスの家を探してあるきまわった晩なんか、くらい横町にあちこち窓を見上げて立っている青年をふたりも三人も見かけたものだった。通行人も巡警もこればかりは知らん顔してとおり過ぎることにしている。それはいいが、なかには、一晩に二、三個の窓を掛け持ちして、自転車を飛ばして走りまわっている、私立大学のPROFみたいに多忙なのもあったりして、自然この「西班牙《スペイン》国青春男女婚約期間」には悲喜こもごも幾多の秘話があるんだが、元来これは闘牛のはなしのはずだから、そこで、無理にも筋を牛のほうへ捻《ね》じ向けよう。
が、これで判った。つまりドン・モラガスはうち[#「うち」に傍点]のペトラと許婚《いいなずけ》の間で、目下せっせ[#「せっせ」に傍点]と窓通いをやってる最中なんだが、ドン・ホルヘはそんなことは知らない。夜中に窓の下でごそごそ[#「ごそごそ」に傍点]人声がするのは、てっきり主馬頭夫人《セニョラ・モンテイラ》の旧恋人たちの幽霊だろうと思いこみ――まあさ、一たい何だろうと窓を開けて見下ろしたところが、丘の街マドリッドを明方の熟睡と月光が占領し――下のペトラの窓にへばり[#「へばり」に傍点]ついて、
『ねえペトラさん、まだ話が決まりそうもないでしょうか。僕あもう闇黒《くらやみ》の中で眼をつぶって歩いても、ひとりでにこの窓の下へ来るようになりましたよ。』
『まあ! でも、まだらしいのよドン・モラガス。だって、お母さんたら、うちのお父さんはわたしんとこへもうこの三倍も通いました、なんて言ってるんですもの。』
などと、いすぱにあモダン・ガアル「窓のペトラ」と盛んにTETE・A・TETEしてたらしい役者ドン・モラガスが、はっ[#「はっ」に傍点]とびっくりして上を見あげたから、私もばつ[#「ばつ」に傍点]が悪い。あわてて深呼吸をしながら遠くへ眼をそらすと、遊子ドン・ホルヘの顔いっばいに月が照らして――ま、そんなことはどうでもいい。
話題を闘牛へ戻す。
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燃え立つ太陽・燃え立つ砂塵・燃え立つ群集・燃え立つ会
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