ノ傍点]とした名のある大親分であろう、と。
だから、彼のあいさつに対しても咄嗟《とっさ》に私は幾分の敬語を加味して答えたくらいである。
『|やあ《アロウ》! 一人かね?』
『は。お一人ですか。』
こうして私の前にどっか[#「どっか」に傍点]と――じっさいどっか[#「どっか」に傍点]という親分的態度をもって――腰を下ろしたアンリ・アラキは、どういうものか最初から私を「馬耳塞《マルセイユ》から脱船してきた下級船員」に決めてかかっていたのだ。いつだって親分にさからうことは幾分の危険を意味するし、ことにこの際、べつにNON! なんかとわざわざ反対の意思を表明して立場をあきらかにする必要もないから、長い物には巻かれろで、そのままおとなしく「脱走船員――海の狼」に扮し切った私は、さてこそで、ちょいとこう船乗りらしく肩を揺すってぽけっとから紙《パピエ》を取り出し、そこは兼ねて習練で煙草を巻き出したんだが、この私の手の甲にさしずめ錨《いかり》に人魚でもあしらった刺青《ほりもの》でもあると大いに効果的で私も幅がきくんだけれど、無いものはどうも仕方がないとは言え、私はすくなからず気が引けている。が、そ
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