煤uへんてつ」に傍点]もない、薄よごれた服装《なり》の日本のお爺さんだったが、それがにこにこ[#「にこにこ」に傍点]しながら自分の酒杯《グラス》ひとつ持って私の食卓へ移ってきたのを見ると、私だって相当苦労を積んでるから三下《バム》か親分《ボス》かくらいは一眼で識別出来る。その、先生《シンサン》ばくちの貸元みたいに小柄なくせにでっぷり[#「でっぷり」に傍点]肥った巴里《パリー》無宿のアンリ・アラキ老――これは間もなく名乗りを聞いてわかったんだが――の身辺には、「七つの海」の潮の香がすっかり染みこんで、酸《サワ》も甘味《スウィイト》も舐《な》めつくしたと言ったような、一種の当りのいい人なつこさが溢れ、そしてその黒い細い眼の底に、若《わけ》えの、ついぞ見ねえ面《つら》だが、近頃めりけん[#「めりけん」に傍点]からでも渡んなすったかね? といいたげな、いかさま大胆沈着・傍若無人の不敵な空気が、世慣れたこなし[#「こなし」に傍点]とともにうっそり[#「うっそり」に傍点]と漂っているんだから、瞬間にして、私は思った。ははあ! これはただの旅人ではない。まさしく何のなにがしというれっき[#「れっき」
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