sこれ》あお前《めえ》、俺んとこの嚊《かかあ》じゃねえか。』
 そう言って笑った時のアンリ・アラキの顔に、私ははっきり[#「はっきり」に傍点]ノウトルダムの妖怪を見た。
 ――と、ここでこの話は済んだのかと思うと大間違いで、君、忘れちゃ困る。君もいま巴里《パリー》へ来てることになっているのだ。で、着く早々「女の見世物」を漁《あさ》りに飛び出すはずだったが、ま、もすこし我慢しておしまいまで聞くとして、さて――いやに星のちかちか[#「ちかちか」に傍点]するPARISの夜、聖《サン》ミシェルの酒場、大入繁盛のLA・TOTOの一卓で、数十年来この巴里の「|不鮮明な隅《オブスキュア・コウナア》」に巣をくっている日本老人アンリ・アラキと、老人のいわゆる「脱走いぎりす船員」たるジョウジ・タニイとは、実はこうして、昨夜《ゆうべ》から今までまだ饒舌《しゃべ》りこんでいたのだ。
 が、不思議なことには、夜どおし一人でしゃべり続けて疲れたせいか、話しているうちにアンリ・アラキは、だんだん当初の親分的な無頼さを失い、それとともに、私の尊崇おく能《あた》わなかった「七つの海の潮の香」も、「大胆沈着・傍若無人の不
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