ネかにまず、私は「モナコの岸」のマアセルを発見した。つぎに、ほかの「女優」もすべて、「すすり泣くピエロの酒場」や「人魚の家」やその他の場処で今夜見た顔にすぎないことを知った。饒舌家は草臥《くたび》れたと言って、不機嫌そうに隅の椅子に腰かけた。そして直ぐに女のひとりと口論をはじめて、アンリ親分に呶鳴られていた。
 がやがや[#「がやがや」に傍点]するなかで、親分は、出発まえに客から集めた金を取り出して、八百長《やおちょう》役の饒舌家をはじめ、幾らかずつそれぞれの女に配りながら、大声の日本語で私に話しかけた。
『どうだ、ジョウジ。いい商売《しょうべえ》だろう! みんなよく働いてくれるから俺も楽さ。なに? 有名な女優の名を使うのは非道《ひで》えじゃねえかって? 馬鹿言いなさんな。そっくり出鱈目だあね。モナ・ベクマンだのジャンヌ・ロチなんて、そんな名の女優さんがあったらお眼にかかりてえもんだ。知らねえのは恥だてんで、紳士連中しきりに頷首《うなず》くからね。そこがこっちのつけ[#「つけ」に傍点]目さ。え? 「モナコの岸」? マアセル? このマアセルか。止《よ》せよジョウジ、冗談じゃあねえぜ。此女
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