ノはまた外聞ということもありますから、どうぞ仮面《マスク》だけはお許し下さるように、これは予《あらかじ》め私から、お願い申しておきます。では、御随意にお掛け下さい――。』
と言うんで、一同がばかに豪《えら》そうな重い扉《ドア》からいわゆる劇場へ案内されると、これは小劇場をうんと小さく[#「小さく」に傍点]したような、というより、室内劇場とでも命名したい、ささやかな、けれど暖《あたたか》く落着いた一室で、真赤な絹張りの安楽椅子が、劇場の観覧席のように舞台の方を向いて並んでいる。正面に高目の小舞台、真赤な幕が垂れ下っていた。
みんなが席につくと、例の饒舌家がはじめる。
『すると、これは公開の劇場というわけじゃあないんですね。』
『冗談じゃありません。公開の場処ならこうして私がお供するまでもないじゃあありませんか。もちろん極く内証にやっておるのです。』
馬鹿なことを訊くやつ[#「やつ」に傍点]だといったふうに、アンリ親分は冷淡に受け応えする。が、しゃべっていなければ気の済まない饒舌家は、
『有名な女優というと――。』
『先週オペラ・コミイクでサロメをやったモナ・ベクマン嬢だの、テアトル
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