に醜い大街《ブルヴァル》セバストポウル――巴里人の通語《リンゴ》では略して「セバスト」、憲兵《ミュニシパル》が一般にシパル[#「シパル」に傍点]であるように――は、デュウマの世界が今をそのままに生きている巴里諸相の代表的なひとつだ。そこには、聖《サン》マリ・聖《サン》ユスタスの両会堂に近く、あまりに古い名の町々が残っていて、その横町と門内の中庭《コウト》、よごれて傾いた家と、痩《や》せて歪んでいる街灯の柱、そして、酒と脂粉と自動車油《ギャソリン》のまざった、むっ[#「むっ」に傍点]と鼻を突いて甘い巴里の体臭、各民族の追放者のような群集の吐息――そのなかに蠢《うごめ》く市場の「強い男達」と彼ら相手の女のむれ、焼粟屋の火花と肥った主人と、より以上に肥満し切ったその夫人《マダム》、酒番とトラック運転手と、愛すべき「小説《フィクション》」の apache と彼の gon−zesse。
いまこの町は、笑い声と色眼と秘密と幽暗で一杯だ。
ヴァイオリンを弾く妖精・モリエレルの下男・キャロウの乞食・女装に厚化粧した変態の美青年・椅子直しの角《つの》らっぱ・鳥の餌《えさ》売りの十八世紀の叫び・こうる
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