ラい通路をすり[#「すり」に傍点]抜けるようにして酒を配って歩く。普通の酒場やカフェの光景で、べつだん何の珍奇もない。
アンリ親分は知らん顔して麦酒《ビール》を飲んでいる。
待ちきれなくなったように、一行の代弁をもって自任している饒舌家が口を切った。
『何かあるんですか、ここに。』
コップの底のビイルをすっかり流しこんで、ハンケチで丁寧に口のまわりを拭いてしまうまで、親分は答えなかった。
『詰《つま》らないじゃありませんか、こんなところ。』
饒舌家が全員を代表してぶつぶつ[#「ぶつぶつ」に傍点]言っている。
遮るように親分が大声を出した。
『ちょっとそのあなたのテエブルの隅へ、巻煙草でも何でもいいから置いてごらんなさい。』
『え?』と、饒舌家は不思議そうな顔をして、『何でもいい? ここへですか――。』
言いながらポケットから十|法《フラン》の紙幣を掴み出して、卓子《テーブル》の隅っこへ載せた。
『こうですか――。』
すると、その言葉の終らないうちに、一同は唖然《あぜん》とした。というのは、ちょうどそのとき饒舌家の傍《そば》に立っていた女学生ふうの女が、いきなり高々と――上
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