ニ言いたげな、狐《きつね》につままれたような、だからちょっと不服らしい顔つきだ。例のお婆さんが、むっつりしたまま売台《カウンタ》の向うに立った。これが酒番だとみえる。
 親分が、隊員とお婆さんへ半々に言った。
『とにかく、まだ早いですから、ここで何か飲《や》って行きましょう。御銘々にお好きなものを御註文下さい――おい、婆さん、おれに黒麦酒《ブルウネット》!』
 団員中の人見知りをしない饒舌家が、すぐ親分に倣った。
『それでは、と。わたしは赤《ブロンド》を頂きましょうかな。』
 仕方がないから皆それぞれに註文を発する。お婆さんは黙ったまま、片っぱしからそれを注《つ》ぎはじめた。
 奥から五、六人の女給が出て来て、お婆さんの突き出すのをテエブルへ運ぶ。厚化粧をした若い女たちだったが、妙なことには、それが一人ひとり違った型《タイプ》と服装で、ちょいとした若奥様みたいなのや、良家の令嬢と言ったのや、お侠《きゃん》な女学生風なのや、白エプロンの女給々々したのや、踊子のようなのや――この近所の人達の内職にしても些《ち》とどうも様子が変だと思っていると、その女たちが、卓子《テーブル》と卓子のあいだの
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