堰Eタボウル》の騒ぎが遥か彼方《かなた》、盛り場の夜ぞらにどよめいて、あたりは莫迦《ばか》にしんと静まり返っている。
 親分のノックで戸があく。
 一行勇気りんりんとして直ぐ二階の一室へ通る――「すすり泣くピエロの酒場」。
 これがその酒場なんだろう。あんまり広くもない部屋にびっしり[#「びっしり」に傍点]椅子テーブルが立てこんで、正面に酒台《カウンタ》があるきり、装飾もなんにもない、外観以上に平凡というより、むしろ殺風景すぎる室内だ。なるほど酒場と銘打ってあるだけに、申訳みたいに売台《カウンタ》のむこうに酒壜《さけびん》の列が並んではいるが、公衆に開けてるんじゃないとみえて、この、酒場の書入れ時刻というのに、客といっては一人もなかった。
 魔法使いのような、きたない服装《なり》の無愛想なお婆さんが出てきて電灯をひねったので、はじめてみんな、がやがや[#「がやがや」に傍点]と卓子《テーブル》に就くことが出来たくらいである。
 で、一同、思い思いに狭い酒場の椅子に腰かけて、妙にぽかん[#「ぽかん」に傍点]としている。なあんだ馬鹿らしい! こんなところか、何も変ったことはないじゃないか――
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