T点]と漸遅《スロウ・ダウン》したのが、これなる古い建物の玄関――外見は平凡な一住宅に過ぎない。
Montparnasse だ。ここは。
羅典区《カルチエ・ラタン》の夜――何という国境と習俗を無視した――もしくは無視した気でいる――智的|巴里《パリー》、芸術巴里の「常夜の祭り」がこのかるちえ・らたんであろう!
珈琲《コーヒー》一ぱいで一晩かけているキャフェの椅子のやるせなさ。
――夜更けてあおるカクテル・ガラスのふちに、ほんのり附いたモデル女の口紅。
――向う通るはピカソじゃないか顔がよう似たあの顔が。
――絵の具だらけのずぼん・蒼白い額へ垂れさがる「憂鬱」な長髪・黒りぼんの大ネクタイと長いもみあげ[#「もみあげ」に傍点]・じっと卓上のアブサンを凝視している「深刻」な眼つき・新しい派の詩人とあたらしい派の画家と、新しい派の女と、軽噪と衒気《プリテンス》と解放と。
――広い道の両側に「|円い角《ラ・ロトンド》」、「円屋根《ラ・ドウム》」、「円天井《ラ・クポウル》」と三つの珈琲店が栄えて、毎晩きまってる自分の卓子《テーブル》に、土耳古《トルコ》の詩人・セルビヤの詩人・諾威《ノ
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