ノ貸《か》りてる自分の部屋へ帰って来たところである。
あたふた[#「あたふた」に傍点]と自室へはいってきたマアセルは、うしろの戸をばたんと閉めて鍵をかけると、これで完全に自分ひとりになった安心のため、急に仕事の疲れが出て来たようにすこしぐったり[#「ぐったり」に傍点]となった。そして、第一に靴を取ると、緩慢な動作で部屋を突っ切って、衣裳戸棚の大鏡のまえに立った。天鵞絨《びろうど》に毛皮の附いた外套の下から、肉色の靴下に包まれた脚が長く伸びている。マアセルは鏡へ顔を近づけたり、離したり、曲げてみたり横から見たりした。やがてようよう満足したように手早く帽子を脱《と》って帽子を眺めた。その帽子を大事そうに向うの卓子《テーブル》の上へ置いて、ちょっと栗色の断髪へ手をやると、そのまま崩れるように椅子へかけて「あああ!」と小さな欠伸《あくび》をした。
そうしてじっ[#「じっ」に傍点]と何か考えてる様子だったが、そのうちに独り言のようなことをいいながら、立ち上って外套を脱いだ。それを乱暴に寝台へ投げかけた。それから直ぐに着物《フロック》をぬいだ。ぱちんぱちんとホックの外《はず》れる音がすると、着
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