「ったこの「二十五、六の、どっちかと言えば大柄な素晴らしい美人」なんだから、たといどんなに素晴らしい美人だと力説したところで一こう不思議はないわけで、どうだい、驚いたろう。
 名もわかっている。マアセルというのだ。
 そしてこのマアセルは、怒涛のように日夜「モナコの岸」へ押し寄せてくる常連の誰かれにとって、すこしでも彼女の内生活への覗見《ピイプ》を持つことは、そのためには即死をも厭《いと》わない聖なる神秘であった。とだけ言っておいて、先へ進む。
 ところで、二十五、六の豊満な金髪美人マアセルだが――。
 も一度、最初からはじめよう。
 誰も居ない真っ暗な部屋だった。しばらくするとがちゃがちゃ[#「がちゃがちゃ」に傍点]と鍵の音がして、戸があいた。廊下の光りが流れ込んだ。それと一しょに人影が這入って来た。人影は女だった。女は、手さぐりに壁のスイッチを捻《ひね》った。ぱっ[#「ぱっ」に傍点]と明るい電灯の洪水が部屋を占めて、桃色に黒の点々のある壁紙が一時に浮き立った。部屋はマアセルの寝室だった。女はマアセルだった。
 マアセルは今日夕方の番《シフト》だったので、いま「モナコの岸」から、近処
前へ 次へ
全68ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング