tそうに眉をひそめて、
『私と私の影と、まあ、二人伴《づ》れですね。』
と余計な返答に及んだが、私は毫《すこし》もたじろがない。
『この巴里で、影と二人きりとは確かに罪悪の部ですな。が、罪悪は時として非常に甘い。この事実を御存じですか。』
彼は黙って、何度も私の存在を見上げ見おろした。私はつづける。
『あ、そう言えば夜の巴里《パリー》の甘い罪悪――あなたは、このほうはすっかり[#「すっかり」に傍点]――とこのすっかり[#「すっかり」に傍点]にうん[#「うん」に傍点]と力を入れて、――すっかり探検がお済みでしょうな勿論。』
と、若い紳士は急に吃《ども》り出した。
『ど、どんなところです、例えば。』
私も知らないんだから、これにはどうも困ったが、
『それは、あなた自身が御自分の経験によってのみ発見すべき秘密《ミステリイ》です。』
『ふうむ。』彼は苦しそうに唾を飲んで、『――で、君がそこへ案内するというんですか。』
『いや。私じゃない。親分です。私の親分は、あなたさえ勇敢に付いてくれば、決してあなたを失望させるような人でないことを、私はここに保証――。』
『夜の巴里の甘い罪悪――。』
前へ
次へ
全68ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング