\―が、多分の冒険意識をもって徹宵《てっしょう》巴里の裏町から裏まちをうろ[#「うろ」に傍点]つくつもりで、ちかちか[#「ちかちか」に傍点]する星とタキシの――に追われ追われて真夜中の二時ごろ、このサ・ミシェル――サン・ミシェルなんだが巴里訛《パリーなまり》はNが鼻へ抜けるためほんとうはこうしか聞えない――の「ラ・トト」へ紛れ込んで、国籍不明の「巴里の影」の一つになりすました気で大いに無頼な自己陶酔にひたっている最中、先方にしてみれば何もそこを狙《ねら》ったわけじゃあるまいが、まったく狙撃されたように飛び上ったほど――つまり私はびっくり[#「びっくり」に傍点]したんだが、いきなりしゃ[#「しゃ」に傍点]嗄《が》れ声の日本言葉《ジャポネ》が私の耳を打ったのである。
『|やあ《アロウ》! 一人かね?』
 というのだ。断っておくが、この場合、その質問者は何も特に当方における同伴――男女いずれを問わず――の有無に関して興味を感じてるわけではなく、第一、ひとりか二人か見れあ直ぐ判るんだし、これは、言わばただ、おや! こいつあ何国《どこ》の人間だろう? お国者《くにもの》かな? 一つ探りを入れてや
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