サいつも気がきかないです。何とかして巴里で一旗上げたいと思うんですが――故里《くに》にあおふくろもいますし――。』
『どこかね? 国は。』
『鹿児島です。』
『おれあ下谷だ。もっとも子供の時に出たきり帰らねえんだが――しんさい[#「しんさい」に傍点]はひどかったろうなあ!』
『震災はひどかったです。わたしも知らないんですが――。』
『AH! OUI! 新聞で見たよ。』
いやに星のちかちか[#「ちかちか」に傍点]するPARISの夜、聖《サン》ミシェル街の酒場、大入繁盛のLA・TOTOの一卓で、数十年来この巴里《パリー》の「|不鮮明な隅《オブスキュア・コウナア》」に巣をくっている大親分、日本老人アンリ・アラキと、親分のいわゆる「脱走いぎりす船員」たるジョウジ・タニイとが、こうして先刻《さっき》からボルドオ赤《ルウジ》――一九二八年醸造――の半壜《デミ》をなかにすっかり饒舌《しゃべ》りこんでいるのだ。
何からどう話を持って行っていいか――ま、とにかく、いやに星がちかちか[#「ちかちか」に傍点]してタキシの咆哮する晩だったが、カラアを拒絶して一ばん汚ない古服を着用した私――ジョウジ・タニイ
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