ルかで見ようたって、思いも寄りませんや。』
饒舌家が呟《つぶや》いていた。が、誰にも聞えないとみえて、振り返るものもなかった。
白と黒の廻転は幕なしにつづいて往ったが、おわりに近づくに従い、舞台は記述の自由を与えないことを遺憾とする。
一行はぞろぞろ[#「ぞろぞろ」に傍点]戸外へ出た。そして、白みかけた朝の空気のなかで解散した。
『さあ、これあこれで宜《よ》し、と――。』
一行を送り出して角で別れた親分が言った。
『あいつら、巴里《パリー》にゃあ凄《すげ》えところがあるってんで、嬉しがって帰《けえ》りやがった。』
じっさい、ことごとく満足した全隊員は、解散|真《ま》ぎわに例の饒舌家が五十|法《フラン》のチップをはずんだのを皮切りにみんな真似して五十法ずつ親分へ献上して行ったくらいだ。が、忘れ物でもしたのか、饒舌家は間もなく引っ返してきた。すると親分は、ごく事務的に私と彼を連れて、いま出たばかりの「劇場後の劇場」へこうして後戻りしたのである。
面を脱《と》って着物を着た「有名な女優たち」が、観覧席で帰り支度をしながら、きゃっきゃっ[#「きゃっきゃっ」に傍点]と騒いでいた。そのなかにまず、私は「モナコの岸」のマアセルを発見した。つぎに、ほかの「女優」もすべて、「すすり泣くピエロの酒場」や「人魚の家」やその他の場処で今夜見た顔にすぎないことを知った。饒舌家は草臥《くたび》れたと言って、不機嫌そうに隅の椅子に腰かけた。そして直ぐに女のひとりと口論をはじめて、アンリ親分に呶鳴られていた。
がやがや[#「がやがや」に傍点]するなかで、親分は、出発まえに客から集めた金を取り出して、八百長《やおちょう》役の饒舌家をはじめ、幾らかずつそれぞれの女に配りながら、大声の日本語で私に話しかけた。
『どうだ、ジョウジ。いい商売《しょうべえ》だろう! みんなよく働いてくれるから俺も楽さ。なに? 有名な女優の名を使うのは非道《ひで》えじゃねえかって? 馬鹿言いなさんな。そっくり出鱈目だあね。モナ・ベクマンだのジャンヌ・ロチなんて、そんな名の女優さんがあったらお眼にかかりてえもんだ。知らねえのは恥だてんで、紳士連中しきりに頷首《うなず》くからね。そこがこっちのつけ[#「つけ」に傍点]目さ。え? 「モナコの岸」? マアセル? このマアセルか。止《よ》せよジョウジ、冗談じゃあねえぜ。此女
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