っている巴里。
唄っている巴里。
ちら[#「ちら」に傍点]と太股《ふともも》を見せて片眼をつぶっている巴里。
EH・BIEN!
MON・PARIS!
――ところで、いつまでもひとりで騒いでいたんじゃあ話が進まないから、いい加減ここらで切り上げて本筋へかかろう。
さて、これが私――ジョウジ・タニイが、幸か不幸か一時ノウトルダムの妖怪になった一JOの物語である。
なんかとこうひとつどかん[#「どかん」に傍点]とおどかしておいて、その君があっ[#「あっ」に傍点]と驚いてる隙に乗じてこの事実奇談《これだけはほんと》を運んで行こうという肚《はら》なんだが、ここに困ったことが出来たというのは、どうも「巴里《パリー》――日本」とこう万里を隔てているんじゃあ何かにつけて不便で仕様がない。で、いろいろと手離せない御用もおありだろうけれど、そこは私に免じて、一つ思い切って君にも巴里へ来てもらうことにする。
嫌《いや》だなんて言ったってもう駄目だ。はなしは早い。君の汽車はいま巴里へ滑り込もうとしている――。
僕が停車場まで迎えに出る。
出来ることなら初夏、もしくは秋の夕ぐれがいい。長い黒煙の旅を終えて北から南から西から東から巴里へ入市したまえ。
ははあ! 君にとってそれは「暫《しばら》く空けていたふるさと」へ帰るこころもちだ。この、灯《ともしび》のつき初めた巴里の雑沓へ、北停車場《ガル・ドュ・クウ》なり聖《サン》ラザアルなりから吐き出される瞬間の処女のような君のときめき[#「ときめき」に傍点]、それほど溌剌《はつらつ》たる愉悦はほかにあり得まい。いつ来ても同じ巴里《パリー》が君の眼前に色濃く展開している。だから、鞄《かばん》を提げて一歩改札口を踏み出るが早いか、灯火とタキシと女の眼とキャフェの椅子と、巴里的なすべてのものがうわあっ[#「うわあっ」に傍点]と喚声を上げて完全に君を掴んでしまう。同時に君は、忻然《きんぜん》として君じしんの意思・主観・個性の全部をポケットの奥ふかくしまいこむだろう。こうして君は巴里の洗礼を受ける。するともう君は巴里人《パリジャン》という一個の新奇な生物に自然化しているのだ。君ばかりじゃない、土耳古《トルコ》人もせるびや[#「せるびや」に傍点]人も諾威《ノウルエー》人も波蘭《ポーランド》人もブラジリアンもタヒチ人も亜米利加《アメリカ》人も―
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