―。
 笑っている巴里。
 唄っている巴里。
 ちら[#「ちら」に傍点]と洋袴《スカアト》をまくって片眼をつぶっている巴里。
 君! 君ならどうする?
 まずホテルへ。BON!
 そら、タキシだ。手を上げる。
『キャトルヴァンデズヌウフ・アヴェヌウ・ドュ・シャンゼリゼエ――セッサ!』
 君の口から生意気な一本調子が自然にすべり出る。ははあ! 君はまだ飲まない葡萄酒《ぶどうしゅ》に酔っているのだ!
 ホテルへ荷を下ろす。が、夜とともにいま生き出したばかりの巴里《パリー》が、君を包囲して光ってる、笑っている、唄ってる――ちょいと太股を見せている。
 さ、第一に、君はどうする?
 グラン・ブウルヴァルへ出かけて歩道の|張出し《タレス》で 〔ape'ritif〕 でも啜《すす》るか。BON!
 ジョウジのように洋襟《カラア》をはずし、一ばんきたない服を着て聖ミシェルか Les Halles あたりの酒場《バー》から酒場を一晩うろついてみるか。これもBON!
 それとも些《いささ》かの悪心をもって路上に「鶴」――辻君《つじぎみ》のこと。たぶん立って待ってる姿が似てるからだろう――でもからかうか。または例の「女の見世物」でも漁《あさ》って歩くか。同じくBON!
 と、そう何でもかんでも善哉《ボン》じゃあ案内役の僕が困るが、いま「女の見世物」ってのが出て来たようだが、じつは、話はこの「女の見世物」と大いに関係があるんで――と言っても、僕がそんなところを君を引きまわすわけじゃないから安心したまえ。それどころか、僕は僕で、ゆうべサミシェルのLA・TOTOでアンリ親分から言いつかった大事な用があるんだ。
 とにかく、おもてへ出よう。
 巴里《パリー》の夜は人の眼を wild にする。君ばかりじゃない。土耳古《トルコ》人もセルビヤ人も諾威《ノウルエー》人も波蘭《ポーランド》人も、ぶらじりあんもタヒチ人も「紳士である」いぎりす人も、「あんまり紳士でない」亜米利加《アメリカ》人も――。
 私の仕事の受持ちは、この英吉利《イギリス》紳士とあめりかのお金持ちなんだが、じゃあ一たいどんな仕事かと言うと――待った!
 今そいつを明かしちまっちゃあ第一親分に済まねえし、それより話にやま[#「やま」に傍点]ってものがなくなる。だから、ここまで来たが最後、嫌《いや》でもおしまいまで読むことだ。

    
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