末の通りを歩きまわったことがあった。ヘルゴランズ街《ガアド》をちょっと這入った横町に、古道具店――とより屑屋《くずや》といったほうが適確なレクトル・エケクランツの家がある。レクトル・エケクランツは猶大《ユダヤ》系のでんまあく人で、湿黒の髪と湿黒のひげ[#「ひげ」に傍点]と、水腫《みずぶく》れのした咽喉《のど》と、美しい娘とを持っていた。そして、彼の商店兼住宅は、およそ近代人とその生活に用途のない、想像し得る限りのすべての物品をもって文字どおり充満していた。クリスチャン五世の吸物《スウプ》皿も、公爵夫人の便器も大学生の肌着も、どこかの会堂から盗み出されたらしい緑いろの塗りの剥げた木製の燭台も、貧民窟からさえ払い下げになった底のとれた水差しも、兵卒の肩章も、石油こんろも、大椅子も、寝台掛けもみんな同じ強さの愛着でレクトル・エケクランツを惹くとみえて、そこでは、それらのすべてがめいめい過去の地位を自慢して大声に話しあっていた。そのわんわん[#「わんわん」に傍点]という声が暗い店の空間を占領して、四隅ではいつも魑魅魍魎《ちみもうりょう》が会議をひらいていた。が、この一見こんとん[#「こんとん」
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