に傍点]として猥雑・病菌・不具・古蒼《こそう》の巣窟みたいなレクトル・エケクランツの店は、不思議とそれだけでひとつの調和を出していた。その効果は成功だった。レクトル・エケクランツ自身が猥雑・病菌・不具・古蒼を兼備して、彼の商品たる魑魅魍魎のひとりに化けすまし、おどろくべき安意《アト・ホウム》さでそれらを統率していたからだ。
 じっさい、売物の黒円帽《くろまるぼう》をかぶって売物の煙管《きせる》をくわえたレクトル・エケクランツは|弾ね《スプリング》のない売物の大椅子に腰を下ろして――つまり売物のひとつになり切って、眼のまえの狭い往来を眺めくらしていることが多かった。私たちは何度となくここを往ったり来たりした。それは巾三尺ほどの延々たる露路で、何世紀にも決して日光のあたることはないらしかった。
 だから、しじゅう濡れている敷石から馬尿のにおいが鼻をついて、大きな銀蠅《ぎんばえ》が歓声をあげて恋を営んでいた。日がな一にちレクトル・エケクランツの水っぽい瞳《め》が凝視している壁は、おもて通りに入口をもつ売春宿ホテル・ノルジスカの横ばらで、そこには雨と風と時間の汚点《しみ》が狂的な壁画を習作して
前へ 次へ
全66ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング