いた。
 その晩私たちは、レクトル・エケクランツの店の赤っぽい電灯の灯《ほ》かげで一冊の書物を買った。何べん目かに前を通ったとき、仏蘭西《フランス》風の女用|上靴《うわぐつ》と一しょに端近《はしぢか》の床にころがっているのを発見したのだが、這入って、黙って手に取ってみると、私は妙に身体《からだ》じゅうがしいん[#「しいん」に傍点]と鳴りをしずめるのを感じた。それは西班牙《スペイン》語の細字で書かれた十二世紀の合唱集《アンテフォナリイ》だった。各頁とも花のような肉筆に埋《うず》まって、ふるい昔の誰かの驚嘆すべき努力が変色したいんく[#「いんく」に傍点]のあとに見られた。表紙は動物の皮らしかった。それに唐草《アラベスク》の模様があって、まわりに真鍮の鋲《びょう》が光っていた。ゴセック式の大きな釦金《クラスプ》がそのまま製本の役をつとめていた。
 こういうと異常な掘り出し物のように聞えるけれど、ほんものかどうか私は知らない。その、踊っているような読みにくい字を西班牙《スペイン》語だといったのも、また、この本は十二世紀に出来たのだと請合ったのも、売った当人レクトル・エケクランツの鬚だらけな口ひ
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