護士」ヴァンテカイネン氏なる人物と同車する。ほとんど戦々兢々《せんせんきょうきょう》たる態度で私たちに望むから、どうしたのかと思っていると、やがて、出し抜けに、日露戦争に勝ってくれてまことに有難いという。それにはすっかり恐縮して、
『いやどう致しまして。』
と慇懃《いんぎん》に辞退したが聞き入れない。昔から虐《しいたげ》られて来た露西亜《ロシア》に勝った日本だ。その国の人が乗っていると聞いて、はるばる他の車室から、かわる交《がわ》る顔を見にくる。すっかり英雄扱いである。
『ムツヒト陛下さま、クロキ・ノギ・トウゴ――当時私たちは血の多い青年でした。あの興奮はまだ強く胸に残っています。』
じつによく日本と日本の固有名詞を知っている。日露戦争は私の五歳の時だから、私にとっては歴史と現実のさかい目にすぎない。しごくぼうっ[#「ぼうっ」に傍点]としている。が、この際ぼうっ[#「ぼうっ」に傍点]としてはいられないから、そのうちについ私も奉天旅順日本海とめちゃくちゃ[#「めちゃくちゃ」に傍点]に転戦して、何人となく「ろすけ」を生捕りにしたような顔をする。その顔を、ヴァンテカイネン氏と氏の同胞は穴
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