着くまで人家は一軒もない。カマラでは、私たちの船へ乗り込む青年を見送って、祖母らしい人が桟橋に凭《もた》れて泣いていた。
カマラからサヴォリナ。
スウラホネという、名も実も変てこなホテルに一泊。オラヴィンリナの古城を訪《と》う。一四七五年、最も露西亜《ロシア》へ近い防線の一つとして建造されたもの。水からすぐ生えたように高く湖面にそびえている。小舟で往復。雨、ときどき降る。
また別の船でサイマ湖を奥へ進む。
プンカハリュウ――木の繁ったせまい陸地が橋のように七キロ|米《メートル》もつづいて、対岸プンカサルミへ達している。代表的なフィンランドの湖水風景だ。私たちのほかは誰も下船しない。桟橋を出たところで泥だらけの馬車を掴まえて、ホテルまでやってもらう。坂と森林だけで、どっちを見てもみずうみがある。ホテルが一つ。町も何もない。
ホテル・フィンランデアという。客の来たことをまるで奇蹟のように家じゅう驚いていた。
このプンカハリュウでの鎮静的な五日間は私たちの生涯忘れ得ないところであろう。湖水に陽がかんかん照って、物音一つない世界だった。一日に二、三度、通り雨が森と水を掃《は》いて過
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