かよく頭を下げようとしない近代のプロデガルがあろう!
サイマ湖!
ここで私は倫敦《ロンドン》の雑沓を想う。巴里《パリー》の灯、伯林《ベルリン》の街上をえがいてみる。
そうすると「約束されたる裁き」の済んだ世に、それらすべてを過去のものとして、これからまた新規の文明が伸びようとしているような感じがするのだ。事実私は、このときサイマ湖上の無韻《むいん》の音をその生長の行進曲と聞いたのだった。
白い闇黒が古代の湖水に落ちる。
一日一晩、船は神域のサイマ湖を航行した。
少数の土地の人が便乗しているきり、旅行者としての船客は私達だけだ。万事に特別の待遇を受ける。老船長とともに食事、半夜快談。彼は英仏独語をよくし、デレッタントな博学者である。独逸《ドイツ》における現勢力としての猶大《ユダヤ》人・ジョルジ・サンの性格・倫敦の物価と税・シンガポウルのがらくた[#「がらくた」に傍点]市場で買った時計の正確さ・ロココ式の家具・バルビゾンの秋――転々たる話題。老人は袋のようなサイマの水路を自分の掌《て》みたいに心得ていて、そしていつも船橋に立ってアナトウル・フランスを読んでいた。
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