はすくなからず魔誤々々《まごまご》してしまう。
 ホテルでは、日本人の夫婦が舞いこんで来たというんで大さわぎだ。それには及ばないというのに、番頭が大得意で町の案内に立つ。
『これが郵便局です。どうです、素晴らしい建物でしょう? それからこれが停車場、あれがグロウハラアの要塞――。』
 一々感心したような顔をせざるを得ない。人には社交性というものがあるし、それにこの単純なフィンランド人を失望させたくないから――そこで、ありきたりの建物にも最大の讃辞を呈し、寒々しい大統領官邸にも最上級の驚嘆を示し――番頭は上機嫌で商売なんかそっち[#「そっち」に傍点]のけだ。
 エイラの島の絶景に大いに感心し、つぎに船着場の花と箒《ほうき》の市場にまた大いに感心し、それから「異国者《フォリソン》の島」の博物園では十六世紀のお寺と、お寺の日時計・砂時計・礼拝中に居眠りするやつを小突くための棒・男たちの wicked eye から完全に保護されている女だけの席・地獄の絵・審判の日の作り物・うその告白をした女を罰する足枷《あしかせ》――それらにまんべんなく感心してしまうと、もうありませんな、と番頭のほうが困って
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