と、彼女はいまだに頑張ってはいるが――。
 アルセナルスガタン通りを散歩していたら、そこの一番地に「日本美術」と日本字の看板が下っていた。これは! と思って入口を覗くと、ちゃん[#「ちゃん」に傍点]とこう御丁寧な日本語の標札まで貼ってある。
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瑞典《スエーデン》国ストックホルム市
 ヤポンスカ・マガジネット支配人
   エスキル・アルトベルグ
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 アルトベルグさんは学者肌の中老の紳士で、私達が戸を排したときは、ちょうどお客のお婆さんに日本の紡績|絣《がすり》を一尺ほど切って売っていた。店内は日本の品物をもって埋《うず》まり、蓙《ござ》・雨傘・浮世絵・屏風・茶碗・塗物・呉服・小箱・提灯《ちょうちん》・人形・骨董・帯地・着物・行李《こうり》・火鉢・煙草盆――一口に言えば何でもある。ことに鍔《つば》と「ねつけ」の所蔵は相当立派なものらしい。写楽、歌麿、広重なんかも壁にかかっている。珍客――私達――の出現にすっかりよろこんで、お客のほうは女店員に任せっきり、いろいろ江戸時代の絵を出して来たり、自分の著した“Netsuke”と題する研究的な一書を見せ
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