@喜劇的にまで「カメラの用意は出来ました」こころもち!
なによりもさきに、私は町ぜんたいを受け入れて素描しなければならない――この場合ではコペンハアゲンという対象を。
第一に、ひくい雲の影だ。
それが一枚の炭素紙みたいに古い建物の並列を押しつけて、真夏だというのに、北のうす陽《び》は清水のようにうそ[#「うそ」に傍点]寒い。空の色をうつして、何というこれは暗いみどりの広場であろう。その、煤粉《ばいふん》がつもったように黒い木々が、ときどきレイルを軋《きし》ませて通り過ぎる電車のひびきに葉をそよがせて立っているまん中、物々しい甲冑《かっちゅう》を着たクリスチャン五世の騎馬像――一ばんには単に馬《ヘステン》と呼ばれている――が滑稽なほどの武威をもってこの1928の向側のビルディングの窓を白眼《にら》んで、まわりに雑然と、何らの組織も配置もなく切花の屋台店が出ている。空のいろを映して、まっくろに見えるほど濃い色彩の結塊だ。少年がひとり、過去の幽霊のような王様の銅像の下を小石を蹴って行く。ちいさな靴のさきにいきおいよく弾《はじ》かれた石は、ひえびえとした秋風のなかを銀貨のように光って飛ぶ
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