オろを向いて盛んに饒舌《しゃべ》り散らす。
『ええ、十七日の十一時ごろから明け方へかけて土砂ぶり、ナポレオンの兵隊は足拵《あしごしら》えがよくなかった――おまけに大きな溝がありましてね。いまそこへ行きますが。』
 そこへ行こうとして曲り角へ出る。オテル・ドュ・コロウヌと看板を上げた村の倶楽部《くらぶ》みたいなささやか[#「ささやか」に傍点]な居酒屋がある。
『一八六一年、ユーゴウはこの家に滞在して、あの「|ああ無情《レ・ミゼラブル》」のなかのウォタアルウのところを書いたんです。やっぱり実感を得に来たんでしょうなあ。』
 ここでも運転手は自分が書いたような顔をする。ぞろぞろ下りて這入りこむ。
『ユーゴウのいた部屋を見たい。』
『ビイルか葡萄酒《ぶどうしゅ》かレモナアドか、何を飲む?』
 バアのむこうに控えてる女は一こうに要領を得ない。その要領を得ないところを掴まえていろいろに詰問すると、まことユーゴウのいたことは事実に相違ないが、もう代が変ってすっかり判らなくなっているという。この問答を聞いて、むこうで村の坊さんがひとりでにやにや[#「にやにや」に傍点]笑ってる。仕方がないから運転手君と
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