ゥら勢いを盛り返して難なく勝ったその記念だとある。なるほど言いそうなことだ。が、マネケンと称するわけは、この小僧はなかなか衣裳持ちで、市に何か儀式があるごとにその場合に応じた着物をきせられる。そこで衣裳人形《マネケン》の名。日本からも陣羽織が来ている。町の非常な人気者で、四、五年まえ或る老婦人は遺産一千|法《フラン》をそっくりしょうべん小僧の維持費に寄附して死んだ。両側とも土産《みやげ》ものの店。「英語を話します」「独逸《ドイツ》語もわかります」と窓に広告してある。這入ってみる。マネケンの置物、マネケンの鈴《ベル》、マネケンの灰皿、マネケンの匙《さじ》、マネケンの Whatnot ――。
無名戦士の墓――コングレス柱《コウラム》の下。一九二二年十一月十一日以来、昼夜とろとろ[#「とろとろ」に傍点]と燃えつづけている火。脱帽。
ヴェルツ美術館――ドュ・ヴォウティア街。アントニイ・ヴェルツ――一八〇六・一八六五――の個人美術館。もと彼の住宅兼工房だった建物に、大胆・異風・写実、そしてかなりの肉感・残忍・狂的・大作のコレクシオンが出来ている。いかに大作であるかは、そのうちのあるものを描く
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