ェそれほどその町を印象づけるか、というと、そこには分解して言えない一つの空気があるのだ。
 旅の芸術《アウト》は、こっちがあくまで受動的に白紙《ブランク》のままで、つぎつぎに眼まぐるしくあらわれる未知に備えずしてそなえ、すべてをこころゆっくりと送迎してゆく手法にある。そうすると深夜に汽車のとまった山間の寒駅にも、高架線の下に一瞥した廃墟のような田舎町にも、夏ぐさにうずもれた線路の枕木の黄いろい花にも、その一つひとつに君は自分を見出すだろう。そうしてそれらに君じしんの姿を見た以上、山間の小駅も廃墟のような田舎町も、枕木の黄色い花も、しっくりと旅のこころに解けあって、いつまでも君を離れないであろう。
 この、人見知りをしない Care−free さで、ぶらりと君がひとつの町へ下りたとする。
 新しい不可思議な色彩が君のまえにある。
 奇妙な文字の看板、安っぽい椅子の海が歩道へはみ[#「はみ」に傍点]出ているキャフェ、悲しい眼の女たち、意気な軍服と口笛の青年士官、モウニング・コウトに片眼鏡の紳士、どなるように客を呼ぶタキシ、四、五人で笑いさざめいてゆく町の娘、見なれない電車、灯《ひ》に踊る停
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