当《ランチ》の御用――ランチはいかが?』
よって機上で消費すべく二人前のランチを命じ、代金を払って受取りがわりの切符を貰う。これを飛行機のなかで呈示してランチ包《づつみ》と交換するのだ。
そばで品のいい英吉利《イギリス》の若奥さんが何国《どこ》かのお婆さんとさかんにおしゃべりしている。
『はあ。ちょっと巴里《パリー》まで。』
奥さんの宣言である。このお婆さんも乗客とみえていささか心配そうに、
『大丈夫でございましょうねえ今日なんか――こんなしずかな日。風はなし――。』
『あたくしなんか随分みなからおどかされましたけれど、でも、この頃ではどんなに風が吹きましても平気だそうでございますよ。』自信あるもののごとく奥さんはつづける。『何でも出発のまえの晩は総がかりで徹夜して、エンジンから機体からすっかり検査してこれでいいとならなければ、決して飛ばないんだそうでございますよ。けれど、なにしろ人間のすることで御座いますから――。』
『ほんとにねえ。』
やがて、自動車の出る合図。
空の旅人を満載した二台の大きな車が、日光・無風・暑熱の場末をクロイドンへ――。
車中、じぶんへの私語。
『どうだい、胸騒ぎはやまったかい。』
安心立命!
安心立命!
あん・しん・りつ・めい!
そのうちに新開地のクロイドンの「|空の港《エア・ポウト》」だ。飛行場《エロドロウム》だ。巨大な建物。壮麗な新築飛行ホテル。整然たる発着所。待合室。絵葉書たばこ類売場。食堂。化粧室。乗客と見送人の雑沓。ふたたび旅券検査。私たちにもバアンス夫人の一家と、妻のあそび友達ミス・ノリスとが早くから見送りに来ている。
『ほんとにいいお天気――。』
『大丈夫ですわね、この分なら。』
『ええ。こんなしずかな日。風はなし――。』
じ・じ・じ・じい――呼鈴《ベル》。
『巴里《パリー》行き! 巴里ゆき!』
これで、ぞろぞろ野原へ吐き出される。
茫漠たる青ぐさの展開しばらく踏みおさめの土。
あ! ならんでる、並んでる! 地に翼をおろして!
飛行機・複葉・とんぼ・無数の水々しい飛行機――新鮮な果実のような、悪戯心に満ちた反撥と弾力をじっと押さえて、OH! お前たちはいま乗るべき微風を待っているのか。
引力の反逆者よ!
思うさま地を蹴れ!
雲を駈る悪魔
GRRRR――。
すでにプロペラの廻転をはじめている淡灰色の莫大な妖怪が、前世界の動物のような筋骨だらけの身体《からだ》をジェリイみたいにこまかくふるわせて、おとなしく私たちの眼前にある。
定期旅客機「銀のつばさ」である。なんと雲に擦《す》り切れ、空によごれたそのすがたの頼母《たのも》しく見えたことよ!
あんなに積んで飛べるかしらと思うほど、客ぜんたいのトランクやらスウツケイスやら鞄やを山のように機の一部へ押しこんでいる。
広場のせいか、飛行場へ行ってみると風がある。帽子の吹きとばされそうな強さだ。
『あら! ひどい風ね。』
『こうなると運を天にまかせるんだね、文字どおり。』
見送り人の一団が遠くに――こわいとみえてそばへは来ないで――かたまって、やたらに手をふったりカメラを向けたりしている。このところちょっと「生きては再び地を踏まず」といった感慨が私たちを東洋的に昂然とさせる。言われるまま機のまえに並んでミス・ノリスのれんず[#「れんず」に傍点]へ社交用微笑を送りこんだのち、車掌――じゃない、機掌だ――に急《せ》き立てられて、他の乗客とともにどやどや[#「どやどや」に傍点]と階段をのぼって機の横腹《よこっぱら》に開いている入口をくぐる。
フォウドのタキシが走り出すまえのような、へんに舞踏的な震動だ。
が、何という愉快な小客間《プチ・サロン》! 機首が高いので坂のように傾斜している細長いキャビンに、両側に窓、みどり色のカアテン、それに沿って片っぽに十人ずつ二十の座席、緑いろ――そもそも緑色は人の神経を鎮静させる効用をもつ――びろうど張りのふくよかな肘掛椅子、上に網棚、まんなかに通路、絵笠をかぶった電灯、白服の給仕がひとり――「空をゆく応接室」と言っていい。
一同またたく間に席へつく。中央部が一ばんいいと聞いていたので、ふたりは素走《すばし》っこく立ちまわって背後《うしろ》から五番目へ左右に別れて腰をおろす。妙にしらじらと冴えわたって、死生|命《めい》あり論ずるに足らずといった心境だ。おもむろに眼をうつして機内を見まわす。
女、十六人――内訳、七十歳あまりの老婆ひとり、中老七人、若い細君――彼女を入れて――四人、女学生三人、五、六歳の少女ひとり。
男、四人――うち自分を含む。但し男女とも国籍不明。これだけが「死なばもろとも」のみちづれである。
Grrrr――が高くなり加速度になり、見送人は
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