るその相棒《パル》とおぼしく、小っぽけなくせにいやに巴里《パリー》めかしてこましゃくれ[#「こましゃくれ」に傍点]た女とが、相方ともに決死の二字――漢字である――を眉間に漂わせ、世にもさっそう[#「さっそう」に傍点]として闊歩してきたんだから、覚悟のほども察しられて、みんなおどろいてこっちを見ている。とにかく、係員はびっくりしたような声を出した。
『銀翼号《シルヴァ・ウイング》――正午十二時の飛行ですね?』
『そうです。』
 飛行機にはもう飽きあきしているというような顔で、私が答える。
『ちょいと巴里《パリー》まで。』
『は。旅券、切符をお出し下さい。それからこの表へ御記入のうえ署名願います。』
 旅券はいい。切符も二週間まえから買ってある。そこで、彼女とともにかたわらの机にならんで、めいめいに渡された紙片に所要事項を書き入れ出したが、彼女曰く。
『嫌《いや》ね。何だか遺言を書いてるようで。』
『国籍、氏名、年齢、住所――なるほどこれさえ残ってれば、どこの誰が死んだのかすぐ判るわけだな。これあ何だ、ええと、たとえ墜落即死致し候《そうらえ》ども、ゆめ御社を恨むようさらさら御座なく候。後日のためよってくだんのごとし、か――ははあ、ここへ署名するんだな。』
 なに、ただいつもの出入国の形式に過ぎないんだが、虫の知らせとみえて、どうもそんなような書類に見えてしょうがない。
 停車場の待合室そっくりな部屋に、旅行者のむれが不安げにうろうろしている。その一人ひとりが、外套手荷物その他機上へ運び入れるもののすべてを身につけたまま、順々に計重器のうえに立たされて、体重とその衣類手廻品の総合重量を取られる。彼女が呼び上げられたとき、中世以来の騎士道により私がそのハンド・バックを持っていてやろうとしたら、
『彼女をして自身そのハンド・バックを持たしめよ。しかしてわれらをして彼女の身辺の全部に関する最も正確に近き重さの数字を知らしめよ。』
 BUMP! 私は叱られてしまった。
「倫敦巴里間――帝国航空路」という絵紙が荷物にべたべた貼られる。だんだんこころもちが軽く――飛ぶ前だから――なる。右往左往する赤帽、制服の事務員、案内者、立ちばなし、別れの挨拶、笑い声、あわただしさ――こうなるともう普通の待合室と何らの変りもない空の停車場だ。ただ客種がよく、あらゆる設備がはるかにモダンで grand luxe なだけだ。が、エア・ハウスというのは空中旅客の市内集散所で、もちろんじっさいの「|空の港《エア・ポウト》」はロンドン郊外サレイ州のクロイドンにある。客はT・A社の自動車に乗せられて十一時に市の空中館を出るんだが、その十五分まえ、すなわち十時四十五分には必ず出頭するようにと前日社から電話でお達しのあったのは、つまり出発まえにこれだけの手つづきを済ます余裕を見ておくためだった。
 Imperial Airways, Ltd ―― LONDON to PARIS
 時間表――二十四時制
 日曜以外 毎日 クロイドン発
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A 七時四十五分
B 十六時三十分
C 十二時
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 飛行時間 二時間半から四時間
 乗機賃、発着飛行場と市内空中館間の自動車賃を含む。
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A は四|磅《ポンド》十四|志《シリング》六|片《ペンス》
B は五磅五志
C は五磅十五志六片
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 で、ABCと出発の時間が違い、各機の大小、新旧、速力、設備、二エンジンか三エンジンかによって運賃にも保険的性質の差異をきたすわけ。つまりこれが等別で、Cが一等、Bが二等、A等は三等にあたる。私たちは万善を期してCをえらんだことはいうまでもない。
 手荷物規則
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ひとりにつき三十|封度《ポンド》まで無代
三十|封度《ポンド》以上は、一封度に三|片《ペンス》のわりで申し受けます。
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 ちなみに私たちは、大型スウツケイス二個、帽子箱一個、グリップ一個、小鞄二個、ホウルド・オウル一個、ケインサック一個、シネ・コダック及《および》附属品一個、これだけ持ち込んで超過二|磅《ポンド》五|志《シリング》九|片《ペンス》を払った。
 倫敦《ロンドン》から巴里《パリー》へは、おなじクロイドン飛行場《エロドロウム》からやはり一日三回ふらんすのエア・ユニオンの機が飛ぶから、都合六回の離陸があるわけだが、夏はそのすべてが満員で、すくなくとも二、三週間まえから申込まなければなかなか切符が手にはいらないくらいの盛況である。
 エア・ハウスには、最後に人心をおちつけさせるため、奥にこぢんまりした別室がしつらえてある。そこへ腰を据えて飛行場《エロドロウム》への出発を待っていると、女給が出現して、
『|お弁
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