「ている。その一つ「ギルド・ハウス」の二六・二七番に、一八五二年にヴィクタア・ユウゴウが住んでいたことがある。
サンカンテネイル公園の芝生と池、宮殿のうえの並木街――ブラッセルの美は街路樹と街路樹の影にある――私たちは一日に何度となくその下を往ったり来たりした。ぱらぱらと小雨がおちる。木かげのベンチに腰をおろす。霽《は》れるとまた歩き出す。一ぽん路を下町へおりると南の停車場だった。
お祭りで、片側にずうっと見世物小屋が並んでいた。
靴をとられそうに砂のふかい歩道にそって、力持、怪動物、毛だらけの女、めりい・ごう・らうんど、人体内器のつくり物、覗き眼鏡、手相判断、拳闘仕合、尻ふりダンス「モンマルトルの一夜」、蛙男《かわずおとこ》、早取《はやとり》写真、「女入るべからず」、みにあちゅあ自動車競争、ジプシイ占いブランシェ嬢の「|水晶のお告げ《クリスタル・ゲイジング》」、生理医学男女人形、影絵の肖像画、ふたたび「巴里の夜」、大蛇、一寸法師、あふりか産食人種、飛入り歓迎「モンテ・カアロ」の勝負、当て物、キュウピイ倒し、だんす[#「だんす」に傍点]する馬、電気賭博に海底旅行――楽隊・雑沓・灯火・異臭・呼声・温気。肩、肩、肩。上気した人の眼、眼、眼。何しろ今夜は町の祭りだ。
一|法《フラン》から三法出して、私たちもその見世物の全部を軒なみに覗いてあるく。「顔じゅうに毛の生えている女」のまえで、私がセ・ビアン! トレ・ビアンと大声を発したら、見物の善男善女|頬《ほお》をかがやかしてトレ・ビアン! と和唱し私語《ささや》きあった。正直で単純で熱情的な、羅典《ラテン》とフレミシュの混血族である。彼らはしんから感嘆しているのだ。ただ一つ「蛙男《かわずおとこ》」にはへん[#「へん」に傍点]に吐きたくさせられた。これはほん物の不具者で、身長一尺未満――年齢五十歳前後――のからだに分別くさい巨大な顔が載《の》っかって、しかも極端にほそい小さな両手には、水掻きのようなものがついている。それが、何らの興味もなさそうにしずかに仏蘭西《フランス》語の俗歌をうたっていた。それは私も彼女も、当分食慾に支障をきたしたほどの眺めだった。
アイスクリームを買いながらタキシを呼びとめ、そのタキシのなかでアイスクリームを食べつつ帰途につく。うしろからはまだ、祭りの雑音が夜風とともにタキシを追ってきていた。
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