サれからまた、むさぼるように二人は下界の観察だ。
プロペラの音、その風、自信に満ちみちて大きくうなずく銀いろの翼、私の窓のそとに泣くようにふるえている、一本の寒い綱《ロウプ》。
地球はいま私たちに関係なく廻っている。
何たるそれはのろ[#「のろ」に傍点]くさい文明であろう! じつに笑うに耐えた平面・矮小・狭隘《きょうあい》・滑稽そのものの社会であり、歴史であり、思想であり、「人生の悲劇または喜劇」であろう! なんというパセテックなにんげん[#「にんげん」に傍点]日々の希望であり、Patho であり、微笑であることよ!
上から見る生活の白じらしいはかなさ――鳥はすべて虚無主義者に相違ないと私は思う。
機内はあかるい。天井に薄い布を張った菱形の非常口があるからだ。|裂く羽目《リッピング・パネル》である。Ripping Panel ―― in case of emergency, pull ring sharply. こう読める。忘れていた気味のわるい思いがふっ[#「ふっ」に傍点]とまた頭を出しかける。No Smoking とも大書してある。Not Even Abdullas とすぐあとに断ってある。アブドュラは軽いから煙草じゃないなんて言う人もあるとみえる。ちょっと引っぱれば取れるように、頭のうえに救命帯が細い糸一ぽんで吊してある。これを見ていてあんまり気もちのいいものじゃない。Life−Belt, Pull Only in Emergency ――。
私は思い出す。つい一週間ほどまえ、なんとかスタインという倫敦《ロンドン》財界の大頭《おおあたま》――すでに何とかスタインである以上、それはつねに財界の黒幕にきまっている――が、海峡のうえで飛行機から落ちて、新聞と取引所をはじめロンドンぜんたいが大さわぎをしていたことを。そして、その死体がきのう海岸で発見されて、先刻クロイドン飛行場《エロドロウム》にそういう掲示が出ていたことを。一昨日はまた、これは旅客機ではないが、このT・Aの飛行機がBUMPと落ちて、ちょっと Joy−ride としゃれていた会社の女タイピストと事務員の一行を飛行家とともに全部恨みっこなしに殺している。じつはこれらの事実は、私が考えまい考えまいと努力していたところのものだが、「|裂く羽目《リッピング・パネル》」だの救命帯だのをじっ[#「じっ」
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