時間飛行のため建造《つく》られ、キャビンの通風|煖※[#「火+房」、210−14]《だんぼう》照明等すべて最も近代的デザインになる。
中央エンジンの後部は防火壁にして、石油は上翼下二個のタンク内に貯蔵さる。
本機の最大速力は一時間百|哩《マイル》以上。
満載時の重量は約七|噸《トン》半なり。」
[#ここで字下げ終わり]
こう一気に読みおわった私は、あわてて綿を千切《ちぎ》って耳へ詰めながら見まわすと、なるほどみんな耳の穴を白くふさいでいる。
BUMP!
と、風をついて滑走《タクシ》していた機が――じっさいいつからともなく――ふわりと宙乗りをはじめたらしい。いままで機窓の直ぐそとにあった地面がどんどん下へ沈みつつある。
天文とジュラルミンと大胆細心と石油の共同作業は、ここに開始された。
飛び出したのだ。
Off she goes ―― The Silver Wing !
OH! Glory ! 何という刹那的な煽情《センセイション》! 刺激・陶酔・優超感・魘《うな》されるこころ――このGRRRRと、そしてBUMP!
生きながらの昇天だ。人と鞄と旅行免状とランチ包《づつみ》とボウイさんとの。
はっはっはっは!
ほう・ほう・ほ!
声は掻《か》き消されて聞えないが、乗客は誰もかれも大きな口をあけて笑っている。皆げらげら[#「げらげら」に傍点]笑ってる。何だか無性におかしいのだ。きょうから新しい生命《いのち》を貰って、全くべつの動物になった気がする。それが可笑《おか》しくておかしくてたまらない。赤んぼのような根拠のないうれしさだ。
私も笑う。うんと、うんと、笑ってやれ。
で、あははははは!
HO・HO・HO!
が、機が飛行場《エロドロウム》を驀出《ばくしゅつ》して、すぐそばのアパアトメントの中層とすれすれに飛び、あけはなした窓をとおして一家庭の寝台、絨毯、机、そのうえの本、ちょうど戸《ドア》を押して這入ってきた女、それらが大きく大きく――実際よりずっ[#「ずっ」に傍点]と大きく――あざやかに閃過《フラッシ》したとき、私はふっと悪魔になった気がした。
そうだ。けさテムズの岸で馬にからかっていた蠅。私はいまあの一匹に化けているのだ。
だからぶうん[#「ぶうん」に傍点]とこの窓枠へ飛び下りて、それから机、書物と順々にとまって、そこで首をかしげ
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