#ここから2字下げ]
「帝国空路社《インピリアル・エアウェイス》――LTD――は、この、天空旅行の便宜のために、特に以下列記されたる個条を必ず一読あるべく、われらの乗客各位がそれほど充分親切であらんことを乞いねがうものなり。何となれば、そはこれらの事項を各位の満足にまで説明すればなり。
一、飛行機――空における――の正規の運動。
二、いかにして最大の安楽のうちに天を往くべきか。
三、非常時の対策、およびその場合の心得。」
[#ここで字下げ終わり]
 第三がずきん[#「ずきん」に傍点]と私の胸を衝《つ》いたこというまでもない。すなわち、あえて依頼を俟《ま》たずとも急遽一読すべく充分以上に親切である。
[#ここから1字下げ]
「べつに飛行機に乗るために特別の着物は要りません。長時間のドライヴに適当なものなら何でも間にあいます。
 離陸のさい、たとえ機が飛行場《エロドロウム》の隅へぶつかりそうに突進することがあっても決して驚いたりあわてたりしてはなりません。飛行機はつねに風にむかって離着陸するものですから、こうしてしばらく滑走しているうちに、いつとはなしに自然に地面から浮かぶのです。
 この綿をむしって耳へおつめ下さい。エンジンの音から聴覚を保護するために。
 気圧の関係で一時かるいつんぼ[#「つんぼ」に傍点]になることがあります。そうしたら鼻の穴をつまんでおいて力んで下さい。あるいは降機《ランデンク》のときにちょっと唾を飲みこんでもよろしい。すぐ直ります。
 方向をかえる場合、飛行機はよく水平を破って一ぽうに急傾斜しますが、これはまったく安全な行動であります。
 いわゆる真空《エア》ぽけっと[#「ぽけっと」に傍点]なるものは絶対に存在しません。BUMPと称する小急下降運動は、ちょうど船に波浪が作用するように、気流の上下動に乗って機が小刻みに揺れるだけのことです。
 高いビルデングのうえから下を覗いたりする時の眼のくらくら[#「くらくら」に傍点]とする感じは、飛行機には、全然ありません。地上とのあいだに何らの物的|接続《コネクション》がないからであります。
 船に弱い人でも飛行機には酔いません。すこしでも気分のわるい方には、一こと仰言《おっしゃ》れば、ボウイが備え付けの薬品をさしあげます。吐壺《カスピドア》も一つずつ皆さんの足もとにあります。が、|空酔い《エア・シクネス》
前へ 次へ
全33ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング