ノ、この広告の主の日本紳士を何とかして下宿人として捕獲しなければならないから、早速私に推薦状《レコメンデイション》を一本書けというのである。これには私も困り入ってしまった。じぶんが嫌《いや》で今にも出ようとしているところを、人に、しかも同胞のひとりに、紹介推薦するということは、論理にも合わなければ、気も咎める。しかし、部屋があいて閉口しているベントレイ夫人は、この下宿人|払底《ふってい》の世の中に日本人だろうが何だろうがそんなことを言ってはいられないし、それに事実、日本人は文句はいわず――じつは言いたくても、一つはその引っこみ思案と、多くは不充分な発表能力とで大がいのことにはただにやにや[#「にやにや」に傍点]笑って黙っているのだが――と、なにしろお金の受授がきちん[#「きちん」に傍点]としているのとで、ここは何とあってもその「若き日本紳士」を生けどりにしたくてたまらない。出来るだけの愛嬌笑いを顔に、そのくせ命令的に両手を腰に厳然と私のまえに直立していて動かないのだ。おまけに言いぐさがいい。
『あなた方は満足しているからこそ私の家《うち》に居るんでしょう? してみれば、じぶんが満足なら
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