学の教授みたいに温厚なそしてクラシックな品位を養いつつある最中、ピカデリイへ足を向けようとしてちょうどパアク・レインへさしかかったとたん――いったい何ごとによらずいつも「思いつく」のは彼女にきまってるんだが、この時も彼女が思いついて、and as an idea came to her 歩道に急止して私を使嗾《しそう》したのである。
この近所のホテルに羽左衛門が来てますよ、と。記憶が私を強打した。倫敦《ロンドン》の英字日本新聞アサヒ・ブレテンにこう出ていた――。
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巴里《パリー》より来倫したる市村羽左衛門氏夫妻は目下ピカデリイのパアク・レイン・ホテルに宿泊中。ちなみに近日|蘇格蘭土《スコットランド》に遊び、帰来六月下旬まで滞英の由。
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ついでだが、この新聞はなかなか奇抜で、じつによくロンドンにおける「日本紳士《ジャパニイス・ジェントルマン》」の動勢を調査し、細大|洩《も》らさず報道している。まず役所・銀行・日本関係の公共機関の所在からはじめて、個人の移転到着退国はもちろん、出産結婚死亡にいたるまでなに一つこの紙面から逃れることは不可能だ
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