窒奄獅 Cross !
『ナンバ・エイト、定食スリイ!』
セルロイドの玩具
ヴィクトリヤ停車場のまえは文字どおりに人の顔の海洋だった。
それがみんな、ちょうど三角浪のように一せいに同じ方向をむいて伸び上っている。
午後三時二十七分、カレイ・ドウヴァ間の汽船に聯絡する汽車が、巴里《パリー》で結婚したアドルフ・マンジュウを乗せていま到着しようとしている。今朝の新聞にそう出ていた。だからこの人だかりである。
いっぱんに男よりもものずき[#「ものずき」に傍点]なせいか、この自発的出迎人には女が多い。それともかれアドルフは全女性の「甘い心臓」とでもいうのだろうか。とにかく、あらゆる類型と年齢の女人がこの広場を埋めつくして、ロンドン交通の一部に大きな支障を来《きた》すほど、巡査が解散を命じようが軍隊が出動しようが、いっかな動きそうもない。おそらくは消防夫が喞筒《ポンプ》で硫酸を撒いても、すでにアドルフ・マンジュウを瞥見するためには死を賭して来ている彼女らは、びく[#「びく」に傍点]ともしないで立ちつくすことであろう。
が、これほど群集の過半を占めている女も、こうしてよくみると
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