ト、太短い直線的な手の運動で、非常に熱心に、自分の靴下の爪さきを引っ張っている。保姆のほかに女中がひとり、それに、すこし離れて私服の役人らしい紳士がぶらりと立っていた。
 みんなが赤んぼうを見て往く。なかには帽子をとっている人もある。
 保姆は片手を乳母車にかけて、うしろ向きに女中と話しこみ、赤んぼはひとりでいつまでも自分の足と遊んでいる。一生懸命に靴下を摘《つま》んで、ながいことかかって或る程度まで脚を空《くう》に上げる事業に成功するんだが、そのうちにぽつんと切るように手が離れると、身体《からだ》ぜんたいがころっ[#「ころっ」に傍点]と反《そ》り返って驚いて両腕《りょうて》をひろげる。そしてまたしばらく自分の足さきを凝視し、その誘惑に負けたように手を出すのだ。いつまでも同じことを反覆している。
 赤んぼがぴいん[#「ぴいん」に傍点]と足をはじ[#「はじ」に傍点]いて車が動揺する時だけ、保姆はちょっとかえりみるが、小さな主人が飽きずに幸福にしているのを確かめると、安心してふたたび女中のおしゃべりに熱中し出す。役人らしい男は、喫《の》みおわった紙巻をぽうんと遠くの道へ捨てて欠伸《あくび》
前へ 次へ
全63ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング