・レインにかこまれた一廓に過ぎないが、小さな横町が無数に通っているので、生粋の倫敦人でもうっかりすると迷児《まいご》になるくらいだ。大富豪の邸宅――といったところで驚くほど小さな――に混《まじ》って、ばかに内部の暗い本屋や毛織物店が、時代と場処を間違えたように二、三軒かたまっていたりして、ここの街上で見かける紳士はどこまでもふるい英吉利《イギリス》国の紳士であり、角の太陽酒場《サン・イン》から口を拭きながら出てくる御者と執事と門番は、そのむかしワイルドのむらさきの円外套《まるがいとう》をわらった御者と執事と門番に完全に――服装以外は――おなじである。しずかに過去を歩こうと思えばこのメイフェアに限る。近代化、もしくは亜米利加《アメリカ》化しつつあるいまのロンドンに、いぎりすらしく頑固に、そして忠実に倫敦《ロンドン》を保っているのはメイフェアと霧だけだからだ。十八世紀の中頃までは、毎年|五月《メイ》にここに|お祭《フェア》があって、この名もそこから来ているのだという。なるほどメイフェアの家は一つひとつが古いエッチングのように重く錆《さ》びている。そのなかの半月街に、一つちょっと通りへ出張っ
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