ヲていると――。
草を踏む跫音《あしおと》が私たちをふり向かせた。制服の老人が革のふくろをさげて立っている。
青い眼の愛蘭《アイルランド》人の微笑だった。
『二|片《ペンス》ずつどうぞ。』
私も、わけもなく好感にほほえんでしまう。
『――|お構いなく《ノウ・サンキュウ》。』
老人がしずかにくり返した。
『二片ずつどうぞ。』
私は重ねて辞退する。
『いいえ、有難う。ここで結構です。充分きこえますから。』
すると、老人の顔に困惑がうかんだ。言いにくそうにもじもじ[#「もじもじ」に傍点]したのち、彼は手に提げた袋の小銭をがちゃがちゃさせて、
『椅子にかける方には二|片《ペンス》ずつ戴《いただ》くことになっています。そのかわりこの切符を上げますから、これさえお持ちになれば、きょう一日ハイド・パアクとグリイン公園のなかならどこにかけても構いません。もしまた私の仲間が切符を売りにきたら、これを見せればよろしい。ひとり二片です。』
倫敦《ロンドン》へ着いて二、三日してから、私たちふたりきりでハイド・パアクへ来ているのだから、お金をはらって椅子にかけることなど知らなかったが、道理で気がつ
前へ
次へ
全63ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング