アのこんとん[#「こんとん」に傍点]たる模型日本の環境のなかから、外部に拡がるろんどんの世界をうかがっていると、そのあまりに浮き立っている独自性が頭から私をとらえて、一種異様な気もちが雲のように覆いかぶさってくるのを意識する。
 日本! 日本! 東の海のはてに何から何まですっかり他と異った社会と生活を保持している日本! 変っていることは何かを意味しなければならない。この、変りすぎるくらい変っている日本こそは、その、こんなにかわっているところから見ても、たしかに世界の人類にひとつの使命をもたらそうとしている種子《たね》――種子《たね》だから形は小さい。が、それだけ包蔵する力は大きい――に相違ない、と。
 これは決して単なる安価な愛国的感傷でもなければ、珍しくしこたま[#「しこたま」に傍点]日本料理をつめこんだために急に気が強くなっての言でもない。じっさい、こうやってあちこち動いて国と山と人を見ればみるほど、日本人ほど深い感情、高いこころもちに生きている人間は、どこの野、どこの谷にも棲息していないことを私は一そう確めるばかりだ。
 旅は驚異を求めて絶えず前進をうながす。が、その旅の提供し得るあらゆる驚異に慣れてしまうと、私は、いまさらのように自分の残してきた孤島を振りかえって、そこに大きな大きな無数の驚異を発見している。
 日本! 早い話が、この眼前の食物一つでもわかるように、何というユニイクな国土!
 と、私が、自分の食べあらした皿を眺めて他人《ひと》ごとのように感心していると、むこうの卓子《テーブル》から見識《みし》らぬ日本紳士が立ってきて慇懃《いんぎん》に礼をした。
『ええ、ちょっと伺いますが――。』
『はあ。』
『わたくしは今朝《けさ》チェッコスロバキヤから着きましたもので。』
『は。』
『ここははじめてですが――あのう、ボウイのチップはどうなっておりましょう? 一割勘定書について参りますか。それとも別に――。』
『べつに置くようです。私はいつも一割やりますが――。』
『あ、そうですか。どうも有難うございました。』
『いえ。どう致しまして。』
 そうかと思うと、あっちの隅では二同胞のあいだに先刻《さっき》から大論判がはじまっている。
『諾威《ノールウエー》も瑞典《スエーデン》も旅券の査証は要らないんだ。』
『そうかなあ。どっちだったか確か要る国があったと思うがな
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