鰍ノは何らの痕跡をとどめていないのだ。靴の周囲の床など、すこしの水害も知らずに、水のあとはおろか、いくら押してもさわっても湿ってさえいないのだ。水のはいっている靴の表面も、内部の水が作用しかけていくぶんかふやけている以外には、上から水をかぶった形跡はすこしも示していない。ただ、ちょうど靴の底にあたっていた床の一部分が、かすかに湿気を帯びているのが感じられたが、これだけの水なら、ながいあいだに靴皮を滲透《しみとお》して、幾らか底を濡らすにちがいないとは、誰でも容易にうなずき得る。じっさい、一足分密着して揃えてある他のひとつが、何らの災難をこうむっていないことだけでも、この水が人の意思《インテンション》の実現化した結果であることがわかろうというものだ。じっさい、水のみ[#「み」に傍点]の字も、その特定の靴の内部のほかには、一さい認められないのだから、こうなるとこれは、過失でもまちがいでもなく、あきらかに何人《なんぴと》かの悪戯《いたずら》か復讐か挑戦かに相違ないという、じつにおだやかならぬことになる。私の頭は、早《は》やいそがしく嫌疑者の列挙につとめ出した。が、いぎりすへ来て数週間、私たち
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