――、医者――人類の――だのが一々|叮嚀《ていねい》にその住所姓名位階とともに列記してあって、それから各回の競馬に出場する光栄ある馬族の生立ち、重量、騎手、色分等々々を順序を追って個人的に――じゃない、個馬的に記述してあるんだが、いまそれに眼をとおしている暇はない。ただ番組のうらを見ると「観客諸氏にむかって一枚の番組につき公定価格の金六|片《ペンス》以上を決して支払うことのないように非常に熱心に依頼するものである」なんかんと大きな字で書いてある。六片のものを六|志《シリン》はおろか六|磅《ポンド》にも売りつけるやつがないとは限らない。忘れてはいけない。ここは詐欺と掏摸《すり》とこそ[#「こそ」に傍点]泥が組織的に横行する権利のある競馬場だからだ。私が、財布、時計、ETC――もちろん自分の――の存在を一応確認してから、つづく三人にこの忠告を与えると、彼女は写真機を下げる手に力を入れ、ナオミ・グラハム夫人はオオサカ真珠の首飾りにちょっと触ってみ、最後にブリグス青年は照れたようににやにや[#「にやにや」に傍点]した。私はそんなつもりで言ったんじゃあないが、ことによるとかれブリグスは、かねて自
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