トんにおもむく》長春汽車中作
万里平原南満洲《ばんりのへいげんみなみまんしゅう》  風光潤遠一天秋《ふうこうじゅんえんいってんのあき》
当年戦跡留余憤《とうねんのせんせきよふんをとどむ》  更使行人牽暗愁《こうしこうじんあんしゅうをひく》
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「日露の親和がこの汽車中にはじまり、汽車の前進するがごとくますます進展せんことを望む。」公はこう言って露西亜《ロシア》側の接待役を見まわしながら、しきりにつづける。「|余は露西亜人を愛す《ヤ・リュブリュウ・ルウスキフ》。」
 この「日露の親和がうんぬん」のことばは、公の死後、非常な好意をもって露人のあいだに喧伝された有名な言辞だ。
 ふたたびタイトル。
「そうして午前九時――。」
 と、これから暗殺の場面へ移るのだが、まあ止《よ》そう。
 それよりも同車の満鉄のG氏が、私の肘《ひじ》を掴《つか》まえて大声に話している。
『列氏零下五度、こまかい雪が降っていましてね、猛烈に寒い朝でしたよ。ピストルの音ですか。いいえ、日本人の一般出迎者はずっ[#「ずっ」に傍点]と左の端のほうにいたので、何も聞えませんでした。いえ、聞いた人もあり
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