破される。やはり、旅だ。
「ハルビン」
 灰色にくすぶる新市街の停車場。
 殺到する支那の赤帽。手荷物略奪戦。
 りゃん・りゃん・りゃん!
 まあやあ・ほいほい!
 てんが・れんが・れん!
 For God's sake, wait ! ――この一種物語的なひびきを持つ都会の名は、私たち日本人にただちに公爵伊藤の死を聯想させる。
 で、これが映画なら、さしずめここでカット・バックというところだ。すなわち、画面全体が見るみるぼや[#「ぼや」に傍点]けて、そこに過去の話中話が煙りのように浮かび出る――こんなふうに。
 最初スクリンいっぱいに、疾走中の汽車の車輪を大きく見せて、つぎに字幕《タイトル》。
「明治四十二年十月二十六日午前八時、元勲伊藤公の坐乗せる特別列車は、長春より一路|哈爾賓《ハルビン》をさして急ぎつつあった。」
 食堂車内の景。
 伊藤公が、金の飾りのついた洋杖《ステッキ》をかたわらに、何か書いた紙片を満鉄総裁|中村是公《なかむらぜこう》氏、宮内大臣秘書官森泰二郎氏に示している。漢詩人|森槐南《もりかいなん》が微吟する。
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 十月二十五日発|奉天赴《ほう
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