ェつきないわけだ。貴族の使った長椅子《デュワン》が十八留で落ちる。何もかも飛ぶように売れていくのを見ていると、露西亜《ロシア》の財政的困窮がうなずけなくなる。ことによると、食べものをたべなくても芝居見物と買物だけはかかさないのかも知れない。にちぇうぉ!
私たちも競《せ》り抜いて二枚の油絵を買った。グジコフ筆「窓の静物」とガボリュボフの「クレムリン」「雪景」。グジコフは人気のある若い静物画家だが、今日のプラアガを当てこみに一晩で塗りまくったものとみえて、まだ絵の具が乾いていない。粗末なアトリエでおなかのへったグジコフがぱん[#「ぱん」に傍点]のために徹夜しているところが表現派の映画面のように心描される。東洋の一旅人がそれを競《せ》りおとしたのだ。なんとぼへみあん[#「ぼへみあん」に傍点]な莫斯科《モスコウ》の一夜であることよ!
第二日の印象。古い器物と家具は露西亜《ロシア》の持つうつくしい幽霊だ。
第三日。
小雨。ホテルに閉じこもってやたらにお茶を喫《の》む。新寺院―― again ! ――円屋《ドーム》が遠く霞んで窓から見るモスコーは模糊としている。雨のなか、ホテルの前のバルシ
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